脱SEして文筆家になった人

脱SEして文筆家になった人

四ツ葉真生(よつば まお)の過去ログ。twitter共に不定期更新。

近くて遠い、夢のゆくえ


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Self Review
4月締め切りコンペ用エッセイ。書き下ろし。

似たようなネタとしては、たぶん何回も書いては公開を繰り返しているもの。

それだけになんとかいつも完成形を目指したいと思っているのだが、そういった意味では今回の出来は私の中では十分及第点である。

これで封印!と思っていても、しばらくするとやはりこれは最高の状態として書き残さなければ、という気持ちが湧き上がってしまう問題の代物である。

しかし、私の頭にあるものをいかに文字とするか、そしてそれをどのようにまとめていくか。これは永遠のテーマであるのだが、100点満点には未だこぎつけていない。

400×5ページの中で話題の転換が少しブレが見られるのが、反省点である。
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   近くて遠い、夢のゆくえ
 
 ここで少し、ある男性の昔話をしよう。

 そのとき青年はまだ二十代。そして彼の父親は還暦を過ぎても未だ仕事に対し、全身全霊精力的に、そして寡黙に生きていた。

 繰り返される毎日。そこへまさかの出来事。

 ――父の病である。

 時すでに遅し。残された時間はあと僅か。

 主観的には長い長い闘病生活は、あまりにもあっけなく、短い瞬きで静かに幕を閉じた。

 青年はその瞬間、強く強く決意したのだ。

 ――俺も父のように生きよう。
 

 私はいま文芸という世界に触れている。

 人並みに幼年期・学生時代を過ごし、そして一人前の大人として社会に出始め、気づけばいつしか私は文章を綴っていた。

 世間の流行に左右されつつ、興味の対象はその都度変わりながらも、それなりに私の価値観を熟成させながら人生を歩んできていた。

 そしていつかは私が間近で垣間見た当たり前の幸せを、ある意味、半自動的に手に入れられるものだと盲目的に信じていた。

 しかし、だ。

 人はこれほどまであっという間に、生涯を終えてしまうものなのだろうか。

 であれば、今までその人が手にしてきたもの、あるいは努力や尽力とは、一体なんだったのだろう。

 絶望的なまでの無力感と喪失感とを覚えると同時に、生きる意味というものを、思春期に苦悩した感覚とはまた違った形で絶え間なく自問自答する。

 答えはいつまでたっても見つからない。心に棲みつく暗闇は、時が過ぎても一向に晴れることがない。

 だがその代わりに私は、あることを強く強く決意したのだ――

 私は父を心の底から尊敬している。これには個々人で感情の強弱はあれど、誰もが共感できることだと思う。

 万が一、親がくだらないどうしようもない大人だったとしても、反面教師的な意味では貴重な存在なことに変わりはなく、いつか超えなければならない、前世代にそびえる高い壁の一つだというのは、今を生きる人類共通の課題だと私は考えている。

 私の父のことを話すと、もしかしたら人にとってはありふれた父性なのかもしれない。

 しかしここだけは、という譲れない特筆すべき部分がある。

 これこそが私に父というものを偉大に感じさせる最大の要素である。

 それは「決して、最後まで泣き言も弱音も吐かなかった」ということだ。

 人は歳を取れば孤独という環境によって精神は脆弱になるものだし、ましてや自らが病を患えばふと落ち込みたくなるものだと思う。

 少なくとも私はあのときまで、当然にそう思っていた。

 だが私の父は、最期の最後までとてつもなく強い父であり、母にとっては最期の最後まで良き夫であったのである。

 私は子供の頃から、父に遊んでもらった記憶が無い。放任主義者だったわけではないと思うし、それを恨んだこともない。

 むしろ、終始最大限に強くあってくれたということだけで、最大級に理想の父親像だったのだ。

 私の夢は、というより私の人生を賭けての目標は、そんな父のように全方位において強靭な精神力を持つことである。

 まだまだ私は弱い。とことん弱いと思う。

 私の一生はいつまで続くのか未知数だが、懸命にそのゴールに向かって生きていきたい。

 まぎれもなく私は父の遺伝子を受け継いでいるはずなのだ。

 他人には冗談に聞こえるかもしれないが、私が命数の佳境に際した時、どうせ病に倒れるのであれば、父と同じものに罹りたいと心底願う。

 私がどんなに力を尽くしても、もしや父という存在は超えられないのではないか。

 ならば、その同じ病気を私がもし克服することが出来たなら、そのとき初めて父を上回れるかもしれないからだ。

 仮に私が敗北しても、それはそれで父と同じ道を歩めたという満足感を得られるに違いない。

 奇跡的にこの宇宙に『あの世』が存在するならば、いずれは二人で酒でも飲みながら、仕事の話を熱く語りあうことも出来るだろう。

 まったく、人が大人の階段をようやく登り始めた途端にいなくなって、こっちはまだ話足りないこと、一緒にしてみたかったことが山ほどあるというのに。

 だが私はもう、後悔は捨て去ってゆく。

 私は父のように〝強く〟生きるのだから。
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