脱SEして文筆家になった人

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脱SEして文筆家になった人

四ツ葉真生(よつば まお)の過去ログ。twitter共に不定期更新。

顔馴染みの飲食店を作りたくないたった一つの理由

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そりゃ昔はさぁ「マスター、いつもの!」って言って通じるような店ってのは、ザ・大人の象徴って感じがしてすごく憧れていた時期があるんだよね。


ところが自分が成人してしばらくたつと、そんな個人営業の店がそもそも段々と街中から消えてきてしまったわけ。
しかもそれだけじゃなくて、実際に接してみると実にあの憧れは幻想であったというか、創作のなかだけにしか存在し得ない心地よい空間であったというか、いわゆる馴染みの店をむしろ忌避するようにもなっていく。


その唯一、最大の理由というのは、"ムラ社会的な閉鎖的人間関係が蔓延っているから"


大抵の場合さ、その店がオープンした時点から通いつめる機会ってのはなかなかなくて、ほとんどは自らが出遅れて初め"いちげんさん"として出向くわけだよ。


そんな者が入店してきたときの、なんだろうね、あの一瞬皆が無言になるというか、店主も居合わせた客も時が止まる雰囲気ってのは。
あれが激しく落ち込むんだよね。よそ者を弾く見えない壁がそこには存在するというか。


私の自意識過剰?いや、違うね。
例えばどんなファストな飲食店でも構わないんだけど、誰か新たに客が入ってきたときに、その方向へ視線を向ける人って見たことはないかい?私は既に店内で飲食している状態において、居合わせた他の客が値踏みするかのような視線を入り口に送っているのを見かけたことが何度もある。


まーそれは単純に物音とかに付随して反射的に癖でって理由もあるのかもしれないし、それが個人店の店主だったら、縄張りである我が城に踏みいった見知らぬもの誰にでもフレンドリーに、とはいかない気持ちもわからんでもない。


しかしだ、問題は客の方なのよ。そこはお前らのテリトリーでもなければ根城でもないだろと。むしろ単なる利用者だろと。
時に客と店主が厚い信頼関係で結ばれていて、その昔夢見た「いつもの!」で通じ会える狭くとも深いコミュニティが形成されている場合はある。
(まぁ今となったらそれはそれで気色悪いんだが)


でもほとんどの場合は、あくまで客は客であって、客側がどう好意を抱いても、店からすれば単に金を落としてくれる人に過ぎない。そこを脱して馴染みになるってのは全ての人には適わなくて、個々で違ったハードルの高さがあるはずなんだよ。
そして少なくともそこに毎度通っている奴等だって誰しもそういった"いちげんさん"状態を通過して今の関係性を手に入れたわけだよね?


なんていうか、会社でいうなら新人いびりというか、部活やサークルでいうなら後輩いじめというか、ともかく自分が得たテリトリーはそう簡単にはお前にやらねーぞ的なあの空気感。本当に吐き気がするね。極論DQNリア充やウェイ系たち御用達の店の方が、まだ"表面上は"参入障壁を少なく見せることで、顧客確保には成功している感がしないでもない。


個人的感覚ではその閉塞感が酷すぎる店はもれなく潰れていくし、先細りで長く続けられるビジネスモデルなんかではないのはいわずもがな。
逆に個人店でもそこらへんをうまく公平に(思われるように)接してくれる店というのは長く続けられている様子。


少なくとも飲食店において、地域密着とかニッチってのは、決して誰かを弾いてまで限られた顧客を回していくことなんかじゃない。
顧客は多いにこしたことはない。深くその店を愛してくれる人がごく少数いればよいということであって、その他大勢は近付くなという失客率をまるで省みないスタンスで成功するはずもない。


というかぶっちゃけ、どんな店も無人のフリーショップ、または券売機制にしろよ。密なコミュニケーションや接客態度の高さを第一選択として繁盛するなんて一部の高級店だけであって、そんなもん望む客層なんてもはや消え去るのみの老害なんだから。


むしろ人間関係に疲れまくった人に対応するのに特化した店だってあっていいはずじゃん。すべてネットでまかなえりゃそれで構わないが、仕方無しに外に出て店を利用する人だっているんだよ。潜在的な需要は確実にあると思うんだがなぁ。


まぁそんな店が続々生まれないってことは所詮私のようなコミュ障たちにコストかけてもリターンが少ないってことよね。うん、実に常識的経営判断

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