脱SEして文筆家になった人

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四ツ葉真生(よつば まお)の過去ログ。twitter共に不定期更新。

【炎上】某ブラマヨ吉田氏の唯一無二の強みとは?【商法】


彼の創る笑いというジャンルにおいて、私はそれを面白いと感じることが多いのだけれど、昨今twitterやメディアでの発言は時事問題や社会問題に対して、時に痛快爽快な毒舌を通り越しまくって、あまりにも傍若無人な数々の発言が目を引いている。

 

いや、むしろ「いじる」とか「毒舌」って文化に関しては私はひどく嫌いだが、ある種のブームというかいつの頃からかなぜこんなにも持て囃されているのかを推察するに、この国の閉塞感とか人々の下らない足の引っ張り合いとかに起因しているんだろうなと思う。

 

さて、今回の氏の発言を見てみよう。

 

議論(?)の組み立て方

 

まさに、ザ・極論、なわけだが、続いて例え話。

 

 

上記のように自らの論に何か極論を交えたり、全く無関係な例を交えると、一定の人々からは共感を得やすかったり、あるいは所謂論破も可能になったりする。しかし往々において人の神経を逆撫でして反感も買いやすい

 

そこで合間にすかさず、

 

感情論に走っちゃだめですよー、みんな冷静に。と諭すコメントを挿入するわけである。自らが主導権を握り、場をコントロールする。手法としてはよく見る光景だ。その最たる熟練の使い手は某ひろゆき氏など。ただし、これらは上手く使えば非常に効率的な議論を進めるにあたって効果的であるのは付言しておく。

 

発言を繰り返す強さ

さて、掲題の氏はなぜこのような発言を繰り返すことが出来るのか?

それは芸人というカテゴリのみならず、私は彼が持つ一つの要素が大きく影響していると考えている。それは、

 

「ぶつぶつ」である。

 

そう彼には、あの「ぶつぶつ」があるのである。いや、正確に言えばクレーターだが、これは世間一般の観点から云えば、間違いなく大きなコンプレックであって、それを持つ者の気持ちの辛さは誰でも想像に難くない。

 

しかし彼はそのいわばウィークポイントを跳ねのけてメディアに登場し、そしてそれをネタとしておいしい、と感じるまでに昇華させた人物である。(とはいえもちろん、彼がそれをいじられることに日々、実は非常に心を痛めているかどうかは定かではない。)

 

そんな精神的強者が並大抵のことでへこたれることなどないし、厳しい口調を制御することも難しいであろう。

弱者だからこそ優しくなれる、など言われることもあるが、そんな弱点を持った者がある世界の頂点まで到達しつつあると、物事を穿った目線でしか捉えられなくなったり、全能感でむしろ他人を卑下するかのようになってしまうのはよくあることだ。

 

例えるならブスやブサイクの方が虐げられてきた期間が長い分、性格が屈折してしまう、というやつである。

 

見た目を責めるのは悪

加えて、性格の悪さ精神的な強靭さのみならず、彼のぶつぶつは所謂ヘイトスピーチを跳ね返す盾ともなる。

例えば、いつものように毒舌マンセーtwitterで彼が論を展開しているときに、「うるせーよ、ぶつぶつが!」とでも誰か言ったとしよう。

 

すると彼は「あ、見た目のことで差別してきた!お前は話題と全然関係ないことでしか責められないんだ!」と瞬時に反論できるのである。人の容姿を馬鹿にするのは悪という公理において、彼は絶対的優位な立場にいられるのだ。

 

まぁとはいえ実際そんなこと言われても、彼はかような反論などせずに、むしろおいしい、と感じるかもしれない。

しかし少なくとも、彼が芸人であり、かつ、ぶつぶつである、ということは、潜在的差別発言(芸人がこんなこと言ってやがる、とか、あんなぶつぶつが偉そうに、など)を皆が心理的当然慎重にせざるを得ず、反論しづらい空気を作り出すのである。

 

もっとも、彼の発言やメディアでの姿をみていれば自明なように、最低限の上下関係や礼儀を元に楯突いてもいい相手は心得ているし、喧嘩上等のように見えて、確実に勝てる相手に対して喧嘩をする頭の良さを兼ね備えている。それが成り上がれる人々のタチの悪さ巧さである。

 

だから大抵の場合において、視聴者やtwitterのフォロワーは一般ピーポーなわけで、周囲が若干の弱腰になることをいいことに、彼はより自らの発言に拍車をかけるし、悪循環を招いていく仕組みである。

 

強者に対する対処法

というか、そもそも彼は芸能界の人なのだから、注目されることを好むのは明らか。よってこのように時に炎上したり、誰かが言述してくれることがこの上なく快感な人種なのである。

某フジテレビのように嫌なら見るな、は必ずしも正解ではないが、かような異世界の住人がもし突飛な発言をしても、それを無視し気にしないのが最も精神衛生上良いし、彼自身が自制することに繋がるかもしれない。

 

しかし、一度頂を垣間見た者にとって、注目されないならばもっと過激なことを言わなければ!と逆に触れてしまうことにも注意しなければならない。

いつ何時もコントロールはバランスが肝心である。

 

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