脱SEして文筆家になった人

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四ツ葉真生(よつば まお)の過去ログ。twitter共に不定期更新。

流行りの移り変わりって、要は白けるってことと同じだよね


最近だんだんと年齢を重ねてきたせいか、若者っちゅうものがいまいち分からなくなってきたんだよね。以下、若者を通り過ぎた者の戯言が続きます

 

良くも悪くも時代はいつも回っていく

全くもって似合いもしないファッションやら化粧やら、音楽の流行りもそうね。

いや、別に音楽なんていうもんは個人の好きずきみたいなもんだし、いずれ色モノたちは淘汰されていくのが世の常。

 

でもあの昨今のちんちくりんな体型でハイウエストなズボン(意地でもパンツとは言わない)は何よ?いつのバブリーな世代よ。

いや、そんなことより唇真っ赤は何よ?どこのオバQ

あえて言えばパスタじゃねーよ、スパゲッティだよ!

 

とまぁそんなこんな思いながら、私も若かりし頃に確かにおかしな格好していたもんだよなぁと振り返ったりしつつ「流行はループする」というのを最近つくづく痛感している。

 

流行が変化するタイミング

そんな中、ふと考えたのだけども、流行が転換する瞬間って一体いつなんだろうってこと。

 んで、ちょっと視点を変えて、流行りってものを、持久走に置き換えたのよ。

 

たぶんいま現在先頭をひたすら突っ走ってる人ってのは、いままさしく流行のビッグウェーブに乗りに乗りまくってる人ね。

いやむしろ、その流行自体を作り出している人と考えてもいいかもしれない。

 

そしてそれに続いて、みんなぞろぞろと置いて行かれないようにって必死になって前の人を追いかけていくわけよ。

 

でもさ、中にはそもそも体力がない人とかいるだろうし、最初は頑張ってついて行ったけど、やっぱ限界って思う人がいるわけじゃん?

この場合の体力は財力、と言い換えられるかもしれないね。

 

さて、この所謂最後尾でもがいている落ちこぼれ集団はどうなっていくか。

 

はい無理、1抜けた

実際の持久走でもそうだと思うんだけど、自分が勝てねーなって思った瞬間に、途端に冷めるというか、むしろ先頭集団を小馬鹿にするような人たちって一定数いるんだよね。

 

あいつら、一生懸命走ってるけど、バカみてーじゃね?ってやつ。

いや、別にスポーツに限らず、こういう反応って実生活において実に多いと思う。

 

若者が一番わかりやすいけども、何かの特定の未知の分野で、最初は自分もいけるんじゃね?って頑張るわけよ、めっちゃ熱中して、調子乗るわけよ。

 

ところがさ、世の中には何でも器用にそつなくこなす奴がごまんといて、あっという間に自分が追い抜かされていく。

そんであぁやっぱ自分には無理ってなった瞬間に、諦めるだけじゃなくて、その波に乗ってる人たちを嘲笑する感じ。

 

こういう風に、ホワイトキック白ける人たちが、次にとる行動は、自分がトップ取れそうな場所とか、あるいは誰もやってないことに飛びついてみることなんだよね。

するとその「何か」を実施している人口が少なければ、再び自分が注目されて持ち上げられんのよ。なんだったら運が良ければトップ集団に君臨できる。

 

この一連の流れを、俗に流行りっていうんじゃないかなと。

 

でも結局は釈迦の掌の上

まーそんなふうに自分たちの誰かがこのビッグウェーブを作ったんだ、と思い込みがちなんだけども、大抵はどこか裏で糸を引く人がいて、それは往々にして某電通のような大人たちの術中に見事嵌った、ということとほぼ同義なんだけどね。

 

影響力のある著名人なり、ごく一部サンプリングされた若者などの特定層に刷り込みを行うことで、それは瞬く間に広がっていく。

 

昨今のネット社会、ひいてはSNS隆盛期においては拡散度はより顕著であろうから、あたかも自分たちが作った流れかのように勘違いしやすいけどもね。

 

いつの世も、自らが一般ピープルに属している限り、流行りなんて所詮、誰かが意図的に仕組んだもんに過ぎんよね。

一度くらいは、その流れを作り出す側に回ってみたいもんだわ。

 

 

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