ある夜、男にメッセージが届く。
「ひとつだけ、あしたのことをよげんしてあげます」
馬鹿らしい。いまやSNSでは時々迷惑なDMが来る時代だ。
しかし大抵は怪しげな金儲けだったり、出会い詐欺が多いが、今きたこのメッセージはそれらとは違う。
ただしもちろん、これも多分に漏れずただのスパム、悪戯にすぎないだろう。
だが暇を持て余していた男は、興味本位で返信してみることにした。
「それなら、明日オレが食う晩メシを予言してみろよ」
予言なんかできるわけがない。なぜなら明日の晩メシなんて、自分の意思で如何様にも変化させることができるからだ。
さて、一体相手は何て答えるのか。そう考えているや否や、即座にメッセージが返ってきた。
「たまごかけごはん」
はいはい、ありえない。俺は卵かけご飯が嫌いだ。
卵もコメも好きだが、生卵はどうも好きになれない。それをコメにかけて食うなんて、自分がまず選ぶはずがない。
もっと何か面白いことを言ってくれるかと思っていたが、所詮こんなもんか。
そう思っていた。この時は。
次の日。珍しく仕事が立て込み、残業が終わったときはもう23時過ぎ。
無性に腹が減ってきた。晩飯には遅すぎるが後輩を誘って馴染みの定食屋に行くことに。
「おっさん、カツカレー定食1つ」
「あちゃー悪いねぇ、さすがにこの時間で油の火落としちゃったんだよ。他のもんにしてくれないかね」
なんだ残念。まぁそりゃそうか、こんな時間だもんな。
揚げ物がダメだとすると、、、焼き魚でも食うか。
だがこの日に限って、何を注文しようとしても、ことごとく在庫切れだった。
おいおい、いくら時間が遅いからって、こんなになくなるもんか。
だが近辺のこの時間帯で開いてる飯屋はここくらいだ。後輩がいる手前、やっぱ飯食うのやめた、はバツが悪い。
「じゃあさすがに、目玉焼き定食くらい作れるよな!それ2つ!ちゃちゃっと頼むわ」
男はここで、ハッとした。――たまご。
いやいや、目玉焼きと生卵には天と地ほどの差がある。晩飯を当てられたことになんかならない。
ものの5分、目玉焼き定食が1つ運ばれてくる。まずは後輩に食わせてやらないと。
そして次に運ばれてきた俺の分、、
ガシャーーン!!!
確かに受け取ったはずの俺の手を滑り落ち、定食のお盆もろともすべてが床に落ちていった。
おいおい、ウソだろ。なんだ、いまの感触。
その後は、正直よく覚えていない。後輩が気まずそうに、目の前で定食をほおばる中、俺は店にあった最後のたまごの1個で、「たまごかけごはん」をのどに流し込んでいた。
最初は、飯屋の主人を疑った。
しかしあの人は、SNSのエの字も知らないような昔ながらのアナログ世代。
料理の腕は確かだが、電子レンジどころか、ガスコンロの操作さえ怪しいような超機械音痴だ。
そもそも、俺が定食を受け取り損ねた。いやむしろ、いつも俺は受け取ろうとなんてしていたか?
帰り道。メッセージが届く。
「あたりましたね」
男は、ただ心底怖いと思った。あきらかに不可抗力で起こったことを、こいつは見事に当ててきた。
さらにそれが当たったことを知っている。一体、誰だ。どこで見ている。
「わたしと、契約しませんか?」
契約?なんだ、なにをするんだ。
内容はこうだ。この自称予言者は、次の日に起こることを必ず当てることができる。どんなことでも、必ず。
そこで明日の予言を1つだけ、聞くことができる契約をしないか。ということだ。
どう聞いても、俺にしか得がない。
ただし、予言の際のルールは、必ず自分に関係する事柄だけ。疑問形で30文字以内の意味が明確な1文とすること。そして1日に1回、1つだけ。
もし、それを破ってこいつに何らか2つ目の疑問を聞いた瞬間に、契約は無効となり、「明日を生きる権利がなくなる」
さらっと言ってくれたが、俗に言う悪魔と契約して魂を取られる、というやつか。
だが、さすがにそれは俺がこいつに2つ目を聞かなければ済むこと。もう、どうにでもなれ。いざとなったら、警察にでもかけこめばいい。
俺は予言者と契約した。では、最初に予言してもらうことは、、
それからは、まさにトントン拍子で事が進んだ。はじめにギャンブルで大金を作った。
いくら1つだけと言っても、明日の自分のことが必ず分かるんだ。
時には危機を回避し、ここぞというときには成功を掴んでいった。
そして。その日は、やっとの思いで知り合った資産家のオンナとの初デートの約束だ。
どうやら予言によれば、俺は「必ず遅刻する」らしい。しかしそれが分かっていれば、単に相手に事前に連絡しておけばいいこと。
予言はこれまで外れたことがない。どんなに早起きをして、どんなに急いでも、あらゆる不可抗力が、俺を待ち合わせ時間に遅れさせた。
そうして待ち合わせ場所に急ぐさなか、ふと呼び止められる。
「きょうはだいじなひですね」
声にどことなく聞き覚えがあった。そしてその「ひらがな」でしゃべっているようなカタコトなトーンを、俺はたしかに知っている。
振り返るとそこには、予言者――
ではない、まさに鏡に映したようなまぎれもない「俺自身」が立っていた。
馬鹿な、お前は俺、だったのか!?そうか、お前は明日の俺なんだな、だから必ず俺のことを「知っている」!
でも一体、
「どうして!?」
その言葉を口にした瞬間だった。
「ふたつめ、ですね。ざんねんです」
おとこは、たましいを、とられた
そして予言者――俺は何食わぬ顔で、オンナとの待ち合わせに向かった。
朝起きた時の貴方は本当に、昨日寝た時の貴方自身と同じと言えるだろうか。
そして貴方の知っている誰か、は本当に昨日と同じヒトだろうか。