小説としての同人誌掲載分。
同様のテーマは多々あるが、実体験を脚色しつつ、私はどう書けるのか試してみたかったという背景がある。
セルフレビュー
かなり難しく、思ったようには進まない上に、率直にはありがちな結びになってしまった。
個人的には好きな展開なのだが、どうも尻すぼみというか分かりづらい。
エッセイのような平易さとリズムを、もっと大事にしたいと思う。
時の螺旋
まず、最初に言っておくことがある。私は神様も幽霊もこの世の奇跡も一切信じない。
世の中には不思議なことがたくさんあるっていうのは認めよう。だが、それを手放しで受け入れてしまうのはとても危険なのだ。
世界の出来事は全て、起こるべきことが起こっているし、確率的に起こるはずがないことは絶対に起こらない。そうやって世の中は出来ている。
ここに一つの電話番号がある。今日ふと気付くと携帯の着信履歴に記録されていた。見覚えなんてない知らない番号なのに、なぜか既視感が湧いてくる。
当然電話帳には記録されていない。そもそも着信日があまりにも不自然なのだ。現在は二〇一一年、一方の着信の日付は二〇〇〇年……
当時の記憶を懸命に呼び起こす。
私は高校三年生。受験生だっていうのに、ろくに勉強もせず、だからといってバイトもせず、自堕落な夏休みを送っていた。
二〇〇〇年某月某日某刻。いま私は一人、道端に佇んでいる。
知らない場所ではない。そう、ここはいつも学校からの行き帰りで通る道だ。近くによく行くドラッグストアが見える。
確か常備している頭痛薬が残り少なかった。無くなる前に早めに買っておかなくては。
馴染みの薬局の店内に入る。どこの棚に何があるのか、今や手に取るように分かる。もう幾度と無く訪れている店。店員もいつも通りの顔ぶれ……
目的のコーナーに辿り着いたとき、そこには和服を着こなした色白の女性がいた。女性というにはまだ幼い容姿。キレイな黒髪で、見た感じ私よりだいぶ年下か。
私を見て、なぜか屈託のない笑顔を振りまいてくれている。今時こんな愛想のいい子はなかなかいない。
あまりこちらがジロジロ見ていては、不審者に間違われそうだ。私はさっさと常備薬と同じ銘柄の品物を手に取り、レジへ行こうとした。すると突然、自身の進行方向とは逆向きの力に引き戻されてしまった。
その少女が無言で私の手を掴んでいたのだ。方向的には店の出口へ向かっているのだろうか。私の腕を引きちぎらんとするような力でグイグイ引っ張っていく。
私は万引き犯にでも間違われたのか。だとしたらが私を店の外に連れて行く必要は無い。もしかして何かから私達は逃げているのか?
私は恐る恐る後ろを振り向いた。少なくともそこに追ってくる人影はいない。いや、正確には何もかもが無かった。
後方の空間がまるで砂絵を消すかのように跡形もなく次々と無くなっていく。その後に残るのは漆黒の闇のみ。
これに飲み込まれたらいったい何が起こるのか? 私達はただただ逃げ続けた。
どのくらい走っただろうか。少女は突然立ち止まる。が、まるで疲れている様子が無い。かたや私は息を整えるのに必死な状態だ。
ただでさえ怠惰な生活を送っているのに、この全力疾走だ。運動不足の身には正直かなり堪える。
しかしそれ以上に、私の頭の中は混乱していた。まるで世界が崩れていくような謎の現象。そして見ず知らずの少女との逃亡劇。
その時、少女は何かに気付いたように私の方を指差す。私の視点と少女の指先が交錯すると同時に私の携帯が鳴り出した。
悠長に電話に出ているような状況ではないのだが、私はなぜかこの電話を取らなくてはいけない気がしていた。少女の挙動を注視しながら、私はゆっくりと携帯の通話ボタンを押し、話し始める。
「もしもし、今ちょっと忙し――」
私が言葉を言い終わるか終わらないか、その刹那に呼応するかのように辺りの景色が再び砂のように壊れていく。そして私は、激しい頭痛を感じながら意識を無くしてしまっていた。
二〇一一年……現在。
私は遠い記憶の中から我に返った。十年以上前のことをこれほどまでに鮮明に覚えている。もしこんな奇妙なことがあって忘れられる奴がいたら、ぜひお会いしてみたい。
あれは夢だったのか、あるいは幻だったのか。だが確かに今この携帯には、過去のその日に掛かってきたであろう電話番号が表示されている。
昨日まで無かった着信履歴だ。それが突然今日表示されていた。過去の記憶を思い起こした現在、コールバックするのは今このタイミングしか考えられなかった。
問題の番号をダイヤルする。……長い呼び出し音が続く……この場合、長いというのは主観的な問題だ。きっと客観的にはほんの数秒のことだろう。
「……も……もし、いま……ちょっ……」
聞き覚えのある声? 受話器の向こうの雑音で上手く聞き取れない。ここからいったいどんな不思議なことが起こるのか、内心ドキドキしていたのだが、残念ながら世の中それほど奇想天外では無い。
話のオチは簡単だ。単なる“間違い電話”
声の主は女性だった。私とは何の接点も無い人のようだ。電話を掛けてしまった経緯をざっと伝え、私は電話を切る。
現実の世界は常識通り実によく出来ている。不可思議な現象など起こる余地が無いのだ。着信履歴が過去の日付表示だったのは、単なる機械の誤動作か。
……ただ、一つだけ大きな問題がある。それはこの見覚えの無い電話番号。知らないのに知っている感覚。しばらく考えてその理由は判明した。これは“私の携帯番号”なのだ。
私は再び電話を掛けた。しかし、相手は自分自身だ。当然つながるわけがない。
では先ほど会話した女性はいったい誰だったのか……
今生きているこの世は泡沫の夢なのかもしれない。あるいは誰かが作った仮想世界かもしれない、という話が昔からよくある。
その議論は未来永劫、絶対に決着しない。
なぜなら人は、原理的に目の前の世界が現実なのかどうかを確かめる術を持たないからだ。
今一度この携帯を見ても、確かに過去の日付で自分の携帯番号からの着信履歴が残っている。
有り得ないことが起こるのはたいてい夢の中と相場が決まっている。であれば、もしかして今この私は夢の世界にいるのか。あるいは……