よつまお

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新興住宅地に住む人は人にぶつかりそうになっても避けない説

最近関東某所の新興住宅地を通りがかるんだけれど、どうも以前から思っていたことが確信に変わりつつある。

 

この辺の人たちって、ぜんっぜん人を避けようともしねぇ!!

 

退かぬ媚びぬ省みぬ

それこそ車だろうが、自転車・バイクだろうが、人だろうがお構いなし。

たまたま余所見をしていてとかそういう不注意ではなく、明らかに視界に入っているだろうに、見えてすらいないんじゃねーかと思う。

 

むしろ、私は実は現世の人間じゃないから、皆に見えていないんじゃね?と疑うレベル。

 

例えば自己中な若者だったり、子育てに神経を奪われている主婦、あるいは瞬発力の衰えた老人ならまだしも、だ。

そのカテゴリからは少し外れそうな、壮年から中高年にかけての層が多い。

 

先述のように、アナタ明らかに私のこと見えてますよね?この狭い道なら譲りあわないとですよね?って状況なのに、突撃してくる

 

これ別に徒歩だけの話じゃなくて、こちらが自転車だろうが車だろうが同じ反応をするわけよ。当の本人たちは当然に無自覚で日常茶飯事でもあるから余計にたちが悪い。

 

なぜ皆、我が道を行くのか

感覚的に、それこそ元々人の多い都内だと、最初から無用なトラブルを避けるために、人に敢えてぶつかろうとはしない。

さらに逆に田舎の場合だと、そもそもが人同士の接触機会は少ないというか、皆知り合いみたいなもんだし、危険自体が起りにくい。

 

例えば私の住むのは決して都会ではない関東の住宅地だが、敢えて極論を言うとすれば車であれ自転車・歩行者であれ"路地の一時停止ラインを厳格に正確に守らなかったとしても"、事故の危険性は少ない。

なぜなら皆が自然と注意して道を通るという習慣があるから。

 

対して、それが例の新興住宅地の場合、車も歩行者もまさしく弾丸のように飛び出してくる輩がいるので、絶対に無茶な真似は出来ない。

 

この差は、一体なんなんだろう。ん?まてよ、新興住宅地…

 

人との関わりが無いと無謀になる

別に私は人と必要以上に関わりたいと思わないし、むしろ人という生物は嫌いなのでどうでもよいんだけれど、どうも新興住宅地に住む人ってのは人との付き合い方に慣れていないんじゃねーかと思ったりする。

 

新興住宅地ってのは文字通り、新しくそこに移り住んでくる者が多い。極端に言えば、過去にその土地ってのは住宅が立つまでは人もまばらな田んぼや畑だらけのド田舎であったりするわけだ。

 

そんな場所に敢えて引っ越してくるのは、これから新生活を構えようとする若いファミリー層であったり、ちょっと小金ができたので新しい家に住みたいと考える中年層以降がメインだろう。

 

するとだ、その土地での人間関係はゼロからのスタートである。もっと言えば、その住宅地がいきなり人だらけにはならないので、かなり閑静な状況から日々の暮らしが始まる

 

ってことは最初は別に車を注意する必要はないし、誰かにぶつかりそうだから避けようという危険察知能力も研ぎ澄まされる状況は少ない。

初期の状態から、長くその土地で暮らしている者ほど、この傾向は顕著だろう。

 

これがさらに赤ん坊あるいは子供時代からその土地に住んでいるとすればある意味悲惨、そもそも"注意する"という感覚すら欠如した状態で育っていくことにもなりかねない。

 

悪意無き脅威

でもぶっちゃけこれは彼らは何も悪くない、というかもしそれで事故に巻き込まれたとしても、まさに不幸であるとしか表現できなくて、そもそもなぜ避けるのか分からない、否、避けるというアクションすら思いつかないのだから仕方がない。

 

デフレ下の見知らぬ土地で、他人より自分たちだけが頼りで生きてきたのだから、ある意味で超好意的に捉えれば、サバイバル能力があると言えなくもないかもしれない。

 

人との濃密な接触があるムラ社会も嫌だけれど、かといって反対にまったく人との距離感が分からなくなってしまうのも避けたいこと。

 

何事もバランス問題、としか言いようがないんだけれどねぇ。

まぁ私はこれからも例の新興住宅地を通る時には必要以上に注意をするつもりだけれど、いつかこれってその土地に人が集中していくと同時に社会問題化、というと大げさだけど、事故率が上がっていったりはしないだろうかと懸念したりする。

 

なんかどこかにそういう新興住宅地におけるトラブルの統計は転がってないもんだろうか。